金曜の夕方、若い社員が「AIで議事録が作れますよ」と言ってくる。無料で使えるうえに、来週の取引先との打ち合わせにちょうど間に合う。ただしその打ち合わせでは、契約金額の話も出る。ここで最初に出てくる質問は「精度はどれくらいか」ではなく、「その録音、どこに行くんですか」だと思います。私たちデジタル屋さんは、道具を選ぶより先にこの質問へ答えておくことをおすすめしています。先に決めておくのは、音声の預け先、録音の声のかけ方、確定版を作る人の3つだけです。

続かないのは、たいてい精度のせいではない

AIの議事録がうまくいかないとき、詰まっている場所は3つに分かれます。

  • 聞き取り──方言や社内だけで通じる言葉、声が重なったところが崩れます。
  • 確定──出てきた文章を誰が直して、どの時点で完成なのかが決まっていません。
  • 言い出しっぺ──持ってきた人が設定も直しも全部やることになり、その人が忙しくなると止まります。

このうち聞き取りは、道具を替えれば良くなることがあります。残りの2つは道具では直らず、会社の中で誰が何を決めるかという話になります。道具を売る側の説明が聞き取りの精度に集中しがちなのは、売り物が道具だからだと思います。

どの製品を選んでも、先に決めることになるものは同じです。音声の預け先、録音の声のかけ方、そして確定版を作る人という3つは、道具が変わっても残ります。

最初に決めるのは、その音声をどこへ送るか

会議の音声の行き先3つ。社内だけで処理する場合、委託として預ける場合、第三者提供にあたる場合で、必要になる手続きが変わることを示した図
同意の要否は、この3つのどれに当たるかで決まる

意外に知られていませんが、会議の録音そのものが個人情報にあたる場合があります。個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)は、個人情報にあたる例として「本人の氏名が含まれる等の理由により、特定の個人を識別できる音声録音情報」を挙げています。会議で名前を呼び合っていれば、その録音は個人情報です。

そうすると、その音声をどこへ送るかで必要な手続きが変わります。行き先は大きく3つに分かれます。

  • 社内だけで処理する──会社のパソコンや社内のサーバーの中で文字にする形です。外に出ないので提供の話にはなりませんが、その音声を誰が見られるかを自分たちで決めて守る必要があります。
  • 委託として外に預ける──自社の議事録を作らせるためだけに外部のサービスへ渡す形です。この場合は本人の同意が要らない代わりに、預け先をきちんと選んで見張る義務(委託先の監督、法25条)が残ります。
  • 第三者提供にあたる──相手がそのデータを自分の目的にも使う形で、この場合は原則として本人の同意が要ります(法27条)。

ここを分けずに「とりあえず同意を取っておけばいい」と考えると、社内会議のたびに全員から同意を取り直すことになり、かえって手間が増えます。多くの会社で当てはまるのは、2番目の委託ではないでしょうか。

ただし委託なら何をしてもよい、というわけでもありません。個人情報保護委員会は生成AIサービスについて注意喚起を出しており、本人の同意なく入力した個人データが、返事を作る以外の目的(機械学習)に扱われた場合は法違反のおそれがあるとしています。つまり「学習に使わせない」設定は、あれば安心という話ではなく、預け先を選ぶときの条件になります。

もう2つ、覚えておくと判断が早くなることがあります。1つは、預け先のサーバーが海外にある場合に別の決まりが加わることです(外国にある第三者への提供)。もう1つは、健康状態や病歴、処分の話が出る会議で、これらは要配慮個人情報にあたり、取得すること自体に原則として本人の同意が要ります。この種の会議は、そもそも録音しないと決めてしまうほうが早いかもしれません。

社内で音声や個人情報をどう守るかの具体的な中身は、顧客管理のエクセル|作り方と5つの安全管理措置にまとめてあります。議事録の音声でやることも同じです。

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「録音させてください」の一言と、断られたときの手順

録音の声かけ4段階。案内に1行入れる、冒頭で口に出す、断られたら止める、決定事項だけ読み上げる
断られた先まで決めておくと、その会議だけ手書きに戻らずに済む

社内の会議なら、録音を始めるのはそれほど難しくありません。困るのは相手がいるときで、ここで言葉に詰まって、結局その会議だけ手書きに戻る、ということが起きます。

先に言う文をつくっておけば済む話で、たとえば次のような一言で足ります。

議事録を作るために録音させていただきます。文字起こしには外部のサービスを使います。録音は議事録を作る目的だけに使い、作成後は削除します。差し支えありませんでしょうか。

大事なのは、何に使うかと、いつ消すかを言うことです。この2つが入っていれば、たいていの相手は気にしません。逆に「録音してもいいですか」だけだと、相手は何に使われるか分からないので身構えます。

断られたらその場で止めて、押し切らないでください。問題はそのあとで、断られたからといって議事録が要らなくなるわけではありません。

録音できないときは、全部を書き取ろうとしないでください。決まったことだけを箇条書きにして、会議が終わる前に声に出して読み上げ、その場で合意します。「では、納期は来月末、金額は次回に持ち越し、でよろしいですか」の一言です。これは録音があるときでもやったほうがよく、あとで「言った言わない」になる回数が減るはずです。

出てきた文章を、誰が「確定版」にするか

AIが出したものは下書きにすぎません。下書きのまま社内を回ると、誰も直さないまま「あの議事録に書いてあった」が根拠になります。書いた本人の責任がぼやけるぶん、手で書いていた頃より危ない状態だと思います。

ここで決めるのは、次の3つだけです。

  • 承認する人──その会議で議長だった人にするのが分かりやすく、持ち回りにはしないほうがよいと思います。
  • 確定のタイミング──「翌営業日の昼まで」のように時刻で決めて、それを過ぎたら直しがなくても確定にします。
  • 直した記録──AIの下書きをそのまま上書きせず、確定版を別のファイルとして残します。あとで食い違いが出たときに、どちらを見ればいいかがはっきりします。

この3つは、AIを使うかどうかとは関係なく必要なものです。AIを入れると下書きが速く大量に出てくるぶん、決まっていないことが表に出てきます。

決めること自体は3つですが、それを誰が決めるかで止まる会社は多いように思います。私たちデジタル屋さんは、こういう社内の決めごとを外から一緒に整理する仕事をしています。自社の詰まりがどこにあるか分からないときは、会社の課題診断で先に切り分けてみてください。

AIに何を出させるか。文字起こしは議事録ではない

AIが出したままの文字起こしと、社内に回せる形の対比。後者は決まったこと、誰が何をするか、いつまでか、未決の4項目にまとまっている
分量を減らすのではなく、残す項目を先に決める

ここが、実は差のいちばん出るところです。2時間の会議をそのまま文字にすると、2時間ぶんの文章が出てきます。読む人はもう一度その会議をやり直すことになるので、結局読まれません。

社内に回せる形は、決まったこと、誰が何をするか、いつまでか、という3つのかたまりです。この3つ以外は要らないので、指示の文もあらかじめ決めておきます。

この文字起こしから、①決まったこと ②誰が何をするか ③いつまでか、の3つだけを箇条書きで出してください。決まらなかったことは「未決」と書いてください。書かれていないことを補わないでください。

最後の一文は必ず入れてください。AIは、話に出ていない期日や担当をそれらしく埋めることがあります。「未決」と書かせる指示があると、決まっていないことが決まったことに化けにくくなります。

対面の会議は、置き場所で結果が変わる

オンライン会議は録画のボタンを押せば済みます。難しいのは対面の会議で、机の端に置いたスマートフォン1台だと、向かい側の声が遠くなります。机の真ん中に置いてください。

それと、声が重なった部分は誰の発言か分からなくなります。全部を直そうとすると疲れるので、大事な決定のときだけ「今のは山田さんの意見ですね」と口に出しておくと、あとで聞き返す手間がなくなります。

設定画面で探す言葉は4つ

製品名を挙げなくても、見る場所は共通です。設定やプランの説明の中から、「学習に利用しない」「データの二次利用」「保存期間」「データの保存場所」の4つを探してください。無料のプランは、学習に使う設定が最初から入っていることがあります。無料で試すこと自体は問題ありませんが、その1回は社外の人が入らない社内の会議にしておくほうが安全だと思います。会議の音声以外に、日常の入力で何を止めるかは生成AIの情報漏洩対策|止めるのは2種類だけにあります。

月曜の朝に一回だけ試す。やめる基準も先に書く

全社で入れる話にしないでください。会議を1本、30分だけ試せば自社で使えるかどうかはだいたい分かるので、次の順で進めてみてください。

  1. 社外の人が入らない社内の会議を1本選ぶ。
  2. 設定で学習への利用をオフにし、保存期間もあわせて確認する。
  3. 30分だけ録る(長い会議は前半だけでいい)。
  4. 上の指示文で、3つのかたまりだけ出させる。
  5. 出てきたものを直し、直すのに何分かかったかを測る

判断の材料になるのは、5番目に測った時間です。手で書いたときより時間がかかっているなら、その道具はまだ自社に合っていないのだと思います。感想ではなく分で比べてください。

そして、始める前にやめる基準を書いておいてください。「3か月後に、直す時間が手で書くより長ければ戻す」で十分です。これを先に書いておくと、言い出した人が「使われていないのに言い出せない」状態になりません。外から人に手伝ってもらうときも同じ考え方で、私たちはIT顧問を雇う前に決める3つでも、辞め方を先に決めることをすすめています。なお「AI顧問に頼もう」という話になったときは、その前に人が来るのかツールが来るのかを確かめてください。同じ言葉で中身がまったく違うものが売られています。AI顧問の選び方|人が来るのか、ツールが来るのかに、先に自分で試して、人にしか頼めない部分が残るかを確かめる順番をまとめました。

AIの議事録は、道具を選ぶところから始めないでください。音声の預け先を決め、録音の一言を用意し、確定版を作る人を1人決める。この3つが決まっていれば、どの道具でもだいたい回ります。決まっていなければ、どんなに精度の高い道具でも3か月ほどで止まってしまうと思います。会議で決まったことを社内で共有できていない状態そのものについては、属人化は全部直さなくていいもあわせて読んでみてください。

この記事で参照した一次情報

制度の適用は会社ごとに事情が変わります。判断に迷うところは、必ず上記の一次情報を確認し、必要なら専門家にご相談ください。

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