朝いちばん、前日の日報が紙で12枚。経理の担当者がそれをExcelに打ち直しながら、手を止めずに「来月から水曜は休みますけど、その日の分はどうします」と聞いてくる。答えられないまま、その朝が終わる。机の上にはIT導入補助金のパンフレットが3社分あって、見積は48万円、180万円、320万円。3社とも同じことを言っているように読めて、どれが正しいのか判断する材料がない。こういう朝を過ごしている経営者は、少なくないと思います。

「DXとは何か」は飛ばしていい

DXはデジタルトランスフォーメーションの略で、経済産業省の定義では、データとデジタル技術を使って製品・サービス・業務・組織・企業文化までを変え、競争上の優位性を確立することとされています。会議でこの言葉が出るたびに分かったふりをしてきたとしても、明日の判断で困ることはほとんどありません。定義を正確に言えるかどうかと、日報の打ち直しが減るかどうかは、別のことだからです。

解説記事ではよく、紙をデータに変えるデジタイゼーション、業務のやり方まで変えるデジタライゼーション、事業そのものが変わるDX、という3段階の説明が出てきます。名前は覚えなくてかまいません。この区別が実務で必要になるのは、補助金の申請区分を選ぶときくらいです。制度の中身は今日読み込まなくてよく、必要になった時点で確認すれば間に合います。申請先や区分の整理はIT導入補助金2026|デジタル化・AI導入補助金の申請先にまとめてあります。

もうひとつ先に言いたいことがあります。相談は、業者に見積を頼む前に、無料で受けられる窓口があります。よろず支援拠点や商工会議所、中小機構などです。中小機構(独立行政法人中小企業基盤整備機構)は、国が中小企業を支援するために置いている組織で、この記事で使う調査もそこが公表したものです。同機構が2025年12月に全国の中小企業経営者・経営幹部1,000社へ行った調査でも、期待する支援策の1位は「補助金・助成金」で43.9%でした。お金の話が先に来るのは自然なことだと思います。ただ、お金の使い道を決める前に、順番を決めたほうが安く済みます。

ロードマップを作っていない会社が66.0%。取り組んでいる会社でも29.6%

DX推進のためのビジョンや経営戦略・ロードマップの策定状況。策定済9.3パーセント、策定中24.7パーセント、未策定66.0パーセント
回答1,000社の3社に2社が未策定。着手済みの189社に限っても未策定は29.6%ある

同じ中小機構の調査(回答1,000社)で、DXのビジョンや経営戦略・ロードマップを「策定済」と答えた企業は9.3%でした。「策定中」が24.7%、そして「未策定」が66.0%です。3社に2社が、計画書を持たないまま日々の仕事を回しています。

さらに注目したいのは、その次の数字です。DXに「既に取組んでいる」と答えた企業(189社)に限っても、ロードマップが「未策定」の割合は29.6%ありました。つまり、計画を作らないまま着手して、それでも動いている会社が、着手済み企業の3割近くを占めているということです。

ここから読み取れることは、たぶん一つです。ロードマップは、着手の前提条件ではありません。計画書が無いから始められないのではなく、始めていない理由を計画書の不在で説明しているだけ、という状態になっている会社が多いのではないかと思います。私たちデジタル屋さんが相談を受けるときも、最初に作るものは計画書ではありません。

もちろん、計画を作ること自体が悪いわけではありません。経済産業省も中堅・中小企業等向けDX推進の手引きという資料を公開していて、体制や進め方が整理されています。ただ、従業員10人から50人の会社で、社長が本業を回しながらあれを一から埋めるのは、現実的には難しいと思います。埋め終わる前に期末が来ます。

紙をなくす会社は増えていない。増えているのはAIを使う会社

DXの具体的な取組内容の変化。文書の電子化・ペーパレス化は57.6パーセントから55.8パーセント、AIの活用は14.3パーセントから28.4パーセント
横ばいのペーパレス化に対し、AIの活用だけが14.1ポイント増えている

同じ調査で、DXに取り組んでいる企業(391社)が実際に何をやっているかも聞いています。最も多いのは「文書の電子化・ペーパレス化」で55.8%。ただしこれは前回調査の57.6%からほぼ横ばいで、増えていません。「クラウドサービスの活用」が32.5%、「セキュリティ対策の強化」が29.4%と続きます。

大きく動いたのは別の項目です。「AIの活用」が28.4%で、前回の14.3%から14.1ポイント増えました。1年で倍近くになった項目は、この調査の中でここだけです。

この2つの数字を並べると、中小企業のデジタル化が「紙をなくす段階」から「紙をなくしきらないまま次に進む段階」へ移っていることが見えてきます。2026年版の中小企業白書でも、中小企業の従業者一人当たりの情報処理・通信費が近年増えており、その増加の内訳としてクラウドサービス使用料が伸びていることが示されています。買って資産に計上する形ではなく、月々払って使う形に変わってきている、ということです。

ただし、これを「だからAIをやるべきです」と読むのは違うと思います。紙をやめる工程は、自社にまだ残っている分だけやれば十分です。他社が55.8%だから自社もやる、という理由で着手すると、たいてい途中で止まります。一方で、1件目の候補としてAIを検討することは、もう特別なことではなくなりました。範囲の決め方はAI導入支援の費用と選び方|中小企業が先に決める範囲で整理しています。

代わりに作る1枚|期日順に並べ替える

ロードマップを作らないなら、代わりに何を作るのか。ここからが本題で、作るのは1枚だけです。しかも新しい紙を起こす必要はなく、すでにある紙に列を1本足すだけで済みます。

「顧問を呼ぶ前に自分で埋める4行」に、列を1本足す

IT顧問の選び方|契約前に決める3つと辞め方で、外部の専門家に相談する前に社長が自分で埋めておく4行を挙げました。①契約と自動更新、②管理者IDとパスワードの持ち主、③機器と回線、④年間のIT支出合計、の4つです。すでに埋めてある方は、その紙をそのまま出してください。まだの方は、まずその4行を埋めるところからで大丈夫です。

今回やることは、その4行の右に「期日」という列を1本足すだけです。

すでに書いてあること足す列(期日)に書くこと
①契約と自動更新何と契約していて、いつ自動更新されるか次に更新される日
②管理者IDとパスワードの持ち主誰が持っているかその人がいなくなる可能性のある日
③機器と回線どの機器を何年使っているかサポート終了日・保守切れの日
④年間のIT支出合計年間いくら払っているか次に予算を組む日

ここに、4行に収まらないものも足していきます。取引先から来ている要求、来年度からの法対応、辞めそうな人、切れそうな契約。1行1件で、思いついた順に書いて構いません。順番は後で直します。

期日の出どころ4つ。取引先の要求、法対応、人、機器と契約の期限
どれも外から日付が来る。社内の優先順位で決めると先送りできてしまう

取引先と法対応から出てくる期日

期日の出どころは4つあります。1つ目は取引先の要求で、「来期から発注はうちのシステム経由になります」という電話は、それ自体が期日になります。相手の期初がいつかを聞けば、その日が期日の欄に入ります。聞きにくい話ではないので、電話1本で確定します。

2つ目は法対応で、制度の切り替わり日は自社の都合では動かせないため、期日としては最も硬いものになります。電子帳簿保存法のように、会社によって必要な項目が違うものもあります。

人と、機器・契約から出てくる期日

3つ目は人です。休む、辞める、採れない。この3つはどれも日付を持っています。冒頭の「来月から水曜は休みます」は、来月の第1水曜が期日だという意味です。

4つ目は機器と契約の期限です。ドメインやサーバー証明書、パソコンのサポート終了日、リースの満了日。これらは切れた瞬間に業務が止まる種類のもので、しかも切れる日が最初から決まっています。何を一覧に載せるかはひとり情シスのリスク|ドメイン・証明書の期限切れで挙げています。

並べ替えるだけ。社長ひとりで30分

4つの出どころから出てきた行に、それぞれ日付が入りました。最後にやるのは、その日付が早い順に並べ替えることだけです。重要度でも効果の大きさでもなく、並べる基準は日付の早さだけにします。

これは分析ではなく、並べ替えの作業です。だから社長ひとりで、30分あれば終わります。会議を開く必要も、コンサルタントを呼ぶ必要もありません。私たちデジタル屋さんが最初にお願いするのも、この30分です。

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「どれから手をつけるか」を、30分で決める

困っていることは分かっているのに、順番が決まらない。その状態で見積もりを取ると、比べる基準がないまま金額だけが並びます。話を聞いて、先にやることと今期はやらないことを分けるところまでやります。

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上から1件だけ。残りは今期やらないと決める

並べ替えた紙の一番上に、1件あります。今期着手するのはその1件だけで、2件目以降には今期はやらないと線を引きます。

「今期やらない」と決めていい判定は3つあります。1つ目は、期日が2年以上先であること。2つ目は、止まったときに代替手段が今すでにあること。3つ目は、効果を数字で言えないこと。この3つのどれかに当てはまるなら、今期は手を出さなくて大丈夫だと思います。

3つ目については、少し補足させてください。中小機構の調査で、DXに「取組む予定はない」と答えた企業(315社)にその理由を聞いたところ、1位は「具体的な効果や成果が見えない」で25.7%でした。2位は「予算が不足している」の20.6%です。効果が見えないものに金を出さないというのは、逃げではなく、経営判断として正しいと思います。判断の材料が無いのに決めるほうが危ないからです。

ただし、効果が見えないから全部やらない、というところで止まってしまうと、期日のほうは勝手に近づいてきます。だから、全部をやらない代わりに、効果を数字で言える1件だけを残します。1件に絞れば、その1件の効果を測る手間も1件分で済みます。

1件目が決まったら、その中身を洗います。誰が、何を、何分かけてやっているか。ここは業務の棚卸しのやり方|1人分・紙1枚で終わる手順のとおり、1人分・約1枚で終わります。全社の棚卸しはしません。

ひとつ、よくあることを付け加えます。1件に絞ったあとで、その1件で合っているのかが社内で割れることがあります。社長は経理の打ち直しだと思っていて、現場は受注データの二重入力だと思っている、という状態です。判断がつかないときは、並べ替えた紙を一緒に見て、上の1件を確定させるところまでやります。

「小さく始めれば成果が出る」を数字で見る

1件に絞ったとして、それで成果は出るのか。この点も調査に数字があるので、正確に見ていきます。

まず、成果についての設問です。DXに「既に取組んでいる」と答えた企業(189社)に成果を聞いたところ、「成果が出ている」が28.0%、「ある程度成果が出ている」が50.3%で、合わせて78.3%でした。「わからない・どちらともいえない」が18.0%、「あまり成果は出ていない」が3.2%、「成果は出ていない」が0.5%です。着手した会社の約8割が、何らかの成果を実感していると答えています。

ここで、別の設問の数字も並べます。課題を聞いた設問で、DXに「既に取組んでいる」企業が「具体的な効果や成果が見えない」を課題として挙げた割合は18.5%でした。成果を聞いた設問とは別の設問なので、この2つを引き算して「2割が失敗している」と読むことはできません。ただ、成果を実感している会社が8割ある一方で、着手済みの会社の18.5%が「効果や成果が見えない」を課題に挙げている、という状態が同時に起きているのは事実です。

この2つを並べたときに私たちが思うのは、差がついているのは技術のところではないのではないか、ということです。効果が見えないと答えている会社は、システムが動いていないのではなく、何をもって効果とするかを着手前に決めていなかっただけかもしれません。動いているのに、動いた分を測る物差しが無い。それだと、社内で誰かが「で、結局これ意味あったんですか」と言ったときに、返す言葉が出てきません。

なので、着手前に見る数字を1つだけ決めます。数字はひとつあれば足りるので、あれもこれもと並べないでください。「◯◯さんの日報の打ち直しを、月8時間から2時間に減らす」くらいの粒度にしてください。「業務効率を改善する」では測れません。月8時間が月2時間になったかどうかは、来月の勤怠を見れば分かります。

数年前にホームページに100万円払って、何も起きなかった。そういう経験をお持ちの方は多いと思います。あのとき効果を数字で言えなかったのだとしたら、それは業者だけの問題ではなかったかもしれません。何が起きたら成功なのかを決めずに発注すると、今回も同じ結果になります。逆に言えば、数字を1つ決めてから発注するだけで、前回とは違う結果になる余地が出てきます。

IT担当を任命しない

1件が決まると、次に出てくるのが「じゃあ誰にやらせるか」という話です。ここで社内の誰か1人を推進担当に任命することを、私たちはおすすめしていません。

理由は単純で、30人規模の会社に、その仕事のための時間が空いている人はいないからです。任命された人は、既存の業務を抱えたまま新しい役割を持つことになります。中小機構の調査でも、課題の上位は「ITに関わる人材が足りない」28.3%、「予算の確保が難しい」26.0%、「DX推進に関わる人材が足りない」25.6%と並んでいます。足りないところに役職名を置いても、人は増えません。

この調査の回答企業は、34.1%が従業員5人以下です。規模が小さくなるほど、「推進チーム」や「専任担当」という枠組みそのものが成立しなくなります。5人の会社で1人を専任にすると、残り4人で本業を回すことになります。

では誰が手を動かすのか。今その業務をやっている本人です。日報の打ち直しをなくすなら、打ち直している本人が新しいやり方を触ります。その人が一番、どこで詰まるかを知っているからです。

社長が決めるのは3つだけです。

  • やめる業務はどれか(新しいやり方に移す代わりに、何を捨てるか)
  • そのために誰の時間をどれだけ空けるか
  • うまくいっているかを判断する日はいつか

この3つはどれも、パソコンの操作とは関係ありません。社長が新しいツールを覚える必要はないということです。「社長が一番使えない」と思われるのが嫌で判断を先送りしている方がいるとしたら、覚えなくていい、というのがここでの答えになります。使えるかどうかではなく、やめる業務を決められるかどうかが社長の仕事です。

もうひとつ、経理の担当者の手作業をなくすと、その人の仕事を減らすことになる、という不安があると思います。ここは「空いた時間で何をしてもらうか」を先に決めておくと、話が変わります。減らすのではなく、打ち直しをやめて別のことに回す、という言い方になるからです。社内にどうしても手が無い場合の外部の使い方は情シスアウトソーシングで外注できる範囲と残る2つにまとめています。外注する・しないの線引きは、それを読んでから決めて構いません。

まとめ|明日の朝いちにやること

やることを、抽象的な言葉を使わずに書き直します。

  1. 明日の朝、30分だけ確保する。会議室でなくてよい
  2. すでにある4行の紙(契約と自動更新/管理者IDの持ち主/機器と回線/年間のIT支出)に、「期日」の列を1本足す
  3. 取引先の要求、法対応、人(休む・辞める・採れない)、機器と契約の期限、この4つから出てくる日付を書き足す
  4. 日付の早い順に並べ替える。重要度では並べない
  5. 一番上の1件だけを、今期やることにする
  6. その1件について、着手前に見る数字を1つ決める(「◯◯さんの打ち直しを月8時間から2時間に」のレベル)
  7. 2件目より下には、今期はやらないと線を引く
  8. 机の上の3枚の見積のうち、その1件に関係しないものは断る。断る理由は「今期はこの1件だけをやると決めたので」で足ります

DXを推進します、ではなく、◯◯さんの打ち直しをなくします。自分の会社の言葉で1件が言えたら、それでこの30分は成功だと思います。残りは今期やらなくて大丈夫です。

並べ替えたあとで、一番上の1件が本当にそれでいいのか自信が持てないときは、会社の課題診断から声をかけてください。紙を一緒に見て、上の1件を確定させるところまで付き合います。費用は内容によって変わるため、その場でご相談させてください。

この記事で参照した一次情報

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