取引先から締結リンクが届き、返信を書きかけたまま画面に残っている、という場面を考えます。押していいのか、押したあとに自社へ何が残るのかが分からないと、そこで手が止まります。確かめるべきなのは方式の名前ではなく、誰の名義で、誰の意思で、どの記録が残っているかの3点です。電子署名法は、契約が有効かどうかを決める法律ではなく、裁判になったときに「本人が作った文書だ」と推定してもらえるかどうかを決めているからです。
送られてきた締結リンクに、返信する前に確かめる3点

締結リンクを押す操作そのものは、数分で終わります。手が止まるのはそのあとで、社内から「これ、うちは何を持っていることになるんですか」と聞かれたときです。返信を出す前に次の3点を見ておくと、その質問に自分の言葉で答えられるようになります。
- その文書の作成名義人は誰か。契約書の末尾に置かれている名義が、会社なのか、代表者個人なのか、部門長なのかを見ます。
- その名義人本人の意思で操作されたことを示す記録があるか。どのメールアドレス宛にリンクが届き、誰のIDで開き、いつ同意ボタンが押されたか、という履歴です。
- その記録は、自社側からいつでも取り出せるか。相手のアカウントにログインしないと見られない状態なのか、自社のサーバーにも落ちているのかを確認します。
この3点は、電子契約サービスの機能一覧を眺めても出てきにくいところです。機能一覧に並ぶのは「タイムスタンプ対応」「長期署名対応」といった方式の名前で、名義と意思と記録という切り口では書かれていないからです。電子署名法を読むと、法律が気にしているのがまさにこの3点だと分かります。以下、なぜこの3点なのかを条文に沿ってほどいていきます。
電子署名法とは何を決めている法律か──「有効か無効か」ではない
正式名称は「電子署名及び認証業務に関する法律」(平成12年法律第102号)です。第2条で電子署名と認証業務を定義し、第3条で電磁的記録(パソコンやサーバーの中に残っている、紙ではないデータのことです)の真正な成立の推定を定め、第4条以降は認証業務の認定制度とその運用について規定しています。全体で47条あり、うち読者が日常の判断で使うのは、実質的に第2条と第3条の2か条だけです。
ここで大事なのは、この法律のどこにも「電子署名がなければ契約は無効」とは書かれていない、ということです。契約は、当事者の申込みと承諾が合致すれば成立します。書面でも、メールでも、口頭でも成立します。これを方式の自由と呼びます。電子署名法は、成立した契約の有効性を左右する法律ではありません。
では第3条は何をしているのか。第3条は、情報を表すために作成された電磁的記録について、本人による電子署名が行われているときは、その記録が真正に成立したものと推定する、という規定です。真正に成立したというのは、その名義人の意思に基づいて作られた文書だ、という意味です。裁判で文書を証拠として出したとき、「これは本人が作ったものだ」と相手方に争われずに扱ってもらえるかどうかの話であって、契約そのものの効力の話ではありません。
そして推定は、あくまで推定です。反対の事実が証明されれば覆ります。誰かが名義人になりすまして操作していた、という事情が立証されれば、推定は働かなくなります。第3条が与えてくれるのは、争われたときの立証の手間を軽くする効果であって、絶対の保証ではないと考えたほうが実務には合うと思います。
ですから、「去年ハンコなしでメール添付だけで結んだ契約は無効なのか」という心配には、無効ではありません、と答えられます。無効にはなりませんが、もし相手が「そんな契約はしていない」と言い出したときに、こちら側で「たしかに相手が承諾した」と示す材料が要ります。電子署名法が助けてくれるのは、そこから先の場面だけです。逆に言うと、材料を残す方法は電子署名だけではなく、やりとりのメールや発注書の控えも材料になります。
なお、法律が書面の作成を要求している契約は、数は少ないものの存在します。自社の契約類型がそれに当たるかどうかは、契約書の電子化|電子化できない契約の一覧と根拠で個別に確認してください。
「本人による電子署名」の”本人”は誰か──社長が出張中に総務が操作するとき
第3条が推定を与えるのは「本人による電子署名」が行われているときです。この一語をほどくために、まず第2条の定義を見ます。
この法律において「電子署名」とは、電磁的記録(略)に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいう。一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。
出典:電子署名及び認証業務に関する法律 第2条第1項(e-Gov法令検索)
この条文を部品に分けると3つになります。1つめは、電磁的記録に記録できる情報について行われる措置であること。2つめは、その情報が措置を行った者の作成に係るものだと示すためのものであること。3つめは、その情報が改変されていないかを確認できるものであること。この3つを満たせば、法律上の電子署名です。技術の名前は条文に一切出てきません。
問題は、2つめの「措置を行った者」と、契約書の名義人が同じ人とは限らないことです。いま国内で広く使われている電子契約サービスの多くは、利用者一人ひとりの鍵で署名するのではなく、サービス会社が持っている鍵で署名しています。この方式を事業者署名型と呼び、当事者ではない第三者が場に立ち会って記録を残すという形になぞらえて立会人型とも呼びます。名前は違いますが、指しているものは同じです。
この方式でも第3条の推定は及びうる、というのが国の示している整理です。この整理は令和2年9月4日に総務省・法務省・経済産業省が公表し、令和6年1月9日に一部改定されて、いまはデジタル庁と法務省が所管しています。ただし、そこには条件が付いています。サービスを操作した利用者と、文書の作成名義人が同一だと言える必要があります。措置を行った者と名義人が結びついて初めて、「本人による電子署名」という条文の言葉に届くからです。そのため、システムがどれだけ堅牢でも、誰が操作したかが記録から追えなければ、そこは埋まりません。
もう1つ、令和6年の改定で書き足された部分があります。推定が及ぶかどうかは最終的に裁判所が判断する事柄で、いまはその判断材料が揃っていない、という趣旨のことがはっきり書かれました。
現状では必要な基準についての裁判例の蓄積が十分でなく、身元確認の水準や防御レベルが低い場合には、実際の裁判において真正な成立を推定するためには不十分であると判断される可能性がある。
出典:デジタル庁・法務省「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法第3条関係)」問5(令和2年9月4日、令和6年1月9日一部改定)
同じ改定で、金額や重要度に応じてサービスを選ぶべきだという趣旨の記述も加わりました。「電子署名がついているから安心」と読める説明は、この部分を落としていることが多いと思います。契約ごとにどちらの方式を選ぶかという話は電子契約のやり方|サービスを選ぶ前に決めることに分けて書きました。
ここで冒頭の3点のうち①と②が効いてきます。社長名義の契約書について、社長が出張中で、総務担当者が社長のパソコンを開いて操作した、という状況を考えてみてください。社内の代理権として問題がないかどうかは、その会社の職務権限規程と個別の事情によります。私たちが言えるのは、電子署名法の側は「名義人と操作者の同一性」を推定の前提に置いている、という事実だけです。
そこで、社内で確認する項目に翻訳します。締結リンクがどのメールアドレス宛に届いたか。そのアドレスは名義人本人のものか、部署共用のものか。実際に操作したのは誰のIDか。そのIDと操作日時が、あとから取り出せる形で残っているか。この4つが揃っていれば、社内に説明するときも、万一争いになったときも、話の順番が組み立てられます。
逆に、共用アドレスに届いたリンクを誰かが押し、誰が押したか分からない、という状態は避けたいところです。この場合、法律上の電子署名の要件は満たしていても、名義人との結びつきを示す材料が手元にありません。そして、その材料はあとから作れません。
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制度は要件も締切も年ごとに変わります。自社が対象に入るのか、いまから動いて間に合うのか。判断に必要なのはたいていこの2つで、そこだけ確かめるための時間として使ってもらって構いません。
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原本はどこにあるのか──相手のシステムで締結したとき
前の節で「記録があるか」を確かめる話をしました。ここからは、その記録がどこに置かれているかという話に移ります。相手が用意した電子契約サービスで締結した場合、締結済みのPDFと操作履歴は、まず相手のアカウント上に置かれます。自社は、リンクを押しただけの立場です。
この状態が続くと、いくつか困ることが出てきます。相手が契約更新のタイミングでサービスを乗り換えたとき、過去の履歴が移行されるとは限りません。相手の担当者が退職してアカウントが整理されたとき、こちらから履歴を取りに行く手段がありません。取引が円満なうちは誰も困りませんが、困る場面というのは関係が悪くなったあとに来ます。
ですから、締結が完了した通知が来たら、その日のうちに自社側へ落としておくことをおすすめします。落とすのは締結済みのPDFと、サービスが発行する証明書情報や監査ログの類です。名称はサービスごとに違い、「合意締結証明書」「監査証跡」などと呼ばれています。PDF単体では、いつ誰が操作したかまでは追えないことが多いので、その2つは対にして保管してください。
もう一つ、期間の話があります。電子署名を検証するために使う電子証明書には、有効期間があります。電子署名法の施行規則は、認定を受ける認証業務の基準として、次のように定めています。
電子証明書の有効期間は、五年を超えないものであること。
出典:電子署名及び認証業務に関する法律施行規則 第6条第4号(e-Gov法令検索)
これは認定を受ける認証業務に課される基準ですが、電子証明書というものに期限がある、という前提は共通しています。期限が切れたあとに署名を検証しようとすると、証明書そのものからは確かめられなくなる場合があります。だからといって、期限が来た瞬間に契約が消えるわけではありません。手元に必要なのは、締結した時点でどういう記録が取られていたかを示せる材料です。締結済みPDFと証明書情報を、締結の直後に自社へ落として保管しておく理由は、ここにもあります。
ここで保存の話と証拠の話が混ざりやすいので、切り分けておきます。電子帳簿保存法は、税務の帳簿と書類をどう保存するかを定めた法律で、目的は税務調査に対応できる状態を保つことです。電子署名法は、裁判で文書の成立をどう扱うかを定めた法律で、目的は立証の負担を軽くすることです。別の法律で、別の目的です。同じPDFが両方の対象になることはありますが、要求されている中身は違います。保存側の要件については電子帳簿保存法の検索要件|不要な会社と必要な3項目を見てください。
印紙税のことは、電子署名法には書いていない
電子契約に切り替えると印紙が要らなくなる、という話は広く知られています。ただ、その根拠が電子署名法にあると思われていることがあり、社内説明のときに食い違いが起きます。電子署名法の全47条を通して読んでも、印紙という言葉は一度も出てきません。第1条の目的から第47条まで、印紙税に触れた条文はないのです。
根拠は別の法律にあります。課税文書に該当するかどうかは印紙税法が決めており、電子署名法はその判断に一切関与していません。どの条文が何を定めているかは、契約書の電子化|電子化できない契約の一覧と根拠のほうに整理してあります。
この違いは、社内で口頭説明するときに効いてきます。「電子署名法で印紙が不要になった」と言うと、法律に詳しい相手から根拠を求められたときに答えられません。「印紙税法の側の話で、電子署名法には書かれていない」と言えれば、そこから先の議論が噛み合います。印紙税の側でどう決まるのかは電子契約の印紙税|不要になる理由と、課税される場面に書いています。なお、金額の大きい契約や、これまで紙で高額の印紙を貼っていた類型については、顧問税理士に確認してください。個別の課税文書該当性は、契約の中身と取引の実態で変わるところです。
2026年8月時点で、条文には何と書いてあるか
電子署名法は2001年の施行以来、他の法律の改正に伴って何度か手が入っています。解説記事はそのたびに追随するわけではないので、検索して出てくる情報と現行条文がずれている箇所がいくつかあります。社内説明の資料に引くときに引っかかりやすいところを、条文に当たって確かめました。
主務大臣は誰か
この法律の主務大臣は、現在は内閣総理大臣と法務大臣です。
この法律における主務大臣は、内閣総理大臣及び法務大臣とする。ただし、第三十三条にあっては、内閣総理大臣とする。
出典:電子署名及び認証業務に関する法律 第40条第1項(e-Gov法令検索)
この形になったのは、デジタル庁設置法(令和3年法律第36号・e-Gov法令検索)による改正です。改正前は総務大臣・法務大臣・経済産業大臣の3大臣でしたが、デジタル庁の発足に合わせて内閣総理大臣に移っています。総務大臣と経済産業大臣が主務大臣だと書いている解説は、いまも検索結果に残っています。省令の名称に「総務省・法務省・経済産業省令」と入っているのは制定当時の名残で、これは現在の主務大臣とは別の話です。
罰則は「懲役」ではなく「拘禁刑」
罰則を定めているのは第41条で、条文は次のとおりです。
認定認証事業者又は認定外国認証事業者に対し、その認定に係る認証業務に関し、虚偽の申込みをして、利用者について不実の証明をさせた者は、三年以下の拘禁刑又は二百万円以下の罰金に処する。
出典:電子署名及び認証業務に関する法律 第41条第1項(e-Gov法令検索)
懲役と禁錮を拘禁刑に一本化したのは刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律(令和4年法律第68号・e-Gov法令検索)で、この条文にも反映されました。施行日は2025年6月1日で、法務省の「拘禁刑下の矯正処遇等について」のページにも同じ日付が書かれています。そのため2026年8月時点の現行条文は「拘禁刑」であり、「懲役」ではありません。
ただし、この差分は民間の解説記事だけの問題ではありません。デジタル庁の「電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)及び関係法令」のページは、法律の概要を説明する箇所で第41条について「3年以下の懲役又は200万円以下の罰金に処する旨規定」と書いています。同ページの最終更新日は2025年6月30日で、拘禁刑への切替えより後です。官公庁のページであっても、概要の説明文は条文本体とは別に管理されているのだと思います。条文を引くときはe-Gov法令検索の本文に当たるのが確実です。
海外の取引先と結ぶとき
海外に事務所を置く事業者の認証業務についても、この法律に定めがあります。第3章第2節が「外国における特定認証業務の認定」で、第15条と第16条が置かれています。第15条は、外国にある事務所により特定認証業務を行おうとする者が主務大臣の認定を受けられること、そして外国の類似制度に基づく事業者については、条約その他の国際約束を誠実に履行するために必要があると認めるときは、実地の調査に代えて書類の提出で審査できることを定めています。第16条は、その認定の取消しについての規定です。
もっとも、海外の取引先と英文契約をオンラインで結ぶ場面で、この節が直接効いてくることは多くありません。準拠法(その契約でもめたときに、どの国の法律で判断するかを先に決めておく取り決めです)をどちらの国の法律にするかで、そもそも電子署名法が適用されるかどうかが変わるからです。海外との契約は、方式より先に準拠法と紛争解決の条項を確認するほうが実益があると思います。
認定を受けた認証業務は、25年で9件
第4条以降の認定制度は、認証業務のうち一定の基準を満たすものが国の認定を受けられる、という仕組みです。この認定を受けた特定認証業務の一覧は、法務省の「電子署名法の概要と認定制度について」のページに、業務名・事業者名・認定日まで実名で載っています。令和7年4月1日現在で9件です。
制度が始まったのが2001年ですから、四半世紀で9件という数になります。最も古いのはセコム・トラストシステムズ株式会社の「セコムパスポートforG-ID」で、認定日は平成14年7月4日です。この会社はセコムグループの一社で、企業や官公庁向けに情報セキュリティのサービスと電子認証の基盤を提供しています。直近では、令和3年11月10日に認定された業務が1件加わっています。数字を見て分かるのは、この認定が電子契約サービスを名乗るための条件ではない、ということです。世の中で使われている電子契約サービスの大半は、この9件には入っていません。それでも第3条の推定が及びうることは、前の節で見たとおりです。
検索に残っている古いページに注意する
電子署名法で検索すると、総務省の情報通信分野の古いページが上位に出てくることがあります。このページは2001年当時の内容のまま残っていて、掲載されている認定認証業務には現在では失効しているものが含まれます。前に見たとおり、総務省は現在この法律の主務大臣ではありません。ページの見た目が官公庁のものであっても、更新が止まっていることはあります。社内の資料に引用するときは、法務省とデジタル庁、そしてe-Gov法令検索の3か所に当たるのが安全です。
社内で1行だけ決めるとしたら、どこを決めるか
ここまでの内容を、社内ルールの形に落とします。判断が要るものを入れると運用が止まるので、手順だけにしてあります。総務担当者が一人で回せる粒度を意識しました。
- 締結リンクを受け取ったら、押す前に、契約書末尾の名義人と、リンクの宛先アドレスの持ち主が一致しているかを見る。
- 一致していない場合は、名義人本人のアドレスに送り直してもらうよう相手に依頼する。
- 操作は名義人本人か、社内で決めた担当者のIDで行い、共用アカウントは使わない。
- 締結完了の通知が来たら、その日のうちに締結済みPDFと合意締結証明書(監査証跡)を自社の保管先へ保存する。
- 保存先のフォルダ名と命名規則をあらかじめ決めておき、契約相手・締結日・契約名で探せる状態にしておく。
この5項目は、どの電子契約サービスを使っていても同じです。方式の名前ではなく、名義と意思と記録の3点を押さえているだけだからです。導入済みのサービスを変える必要もありません。
電子契約まわりで社内の運用が定まらない、社内から質問が出るたびに調べ直している、という状態が続いているなら、会社の課題診断から現状を聞かせてください。デジタル屋さんは電子契約サービスを売っていないので、どのサービスがよいという話はしません。いま使っているものを前提に、社内で回る手順に落とすところをお手伝いします。
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