同じ取引先の請求書が3枚、机の上に並んでいます。うち1枚は先月と品目が同じなのに金額が違っていて、経理の担当者が確認の電話をかけています。その電話が今月これで何回目かは、たぶん社内の誰も知りません。業務効率化でいちばん抜けやすいのは、効かなかったときに元へ戻す決め方です。変える前に、戻す条件と、戻す日と、戻すと言える人を決めておきます。

変える前に、今の値を1つだけ取る

変える前に決める3つ
業務効率化で、変える前に決める3つ

何を変えるかは、もう決まっているとします。日報の打ち直しでも、受注データの転記でも、決まっているならそれで進めてください。決まった直後にやることは、着手ではありません。今の値を1つだけ取ることです。ここを飛ばすと、あとで効いたかどうかを誰も判定できなくなります。

取る値は、作業時間にしないでください。「この作業は1回30分くらいです」という申告は、当てになりにくいと思います。人は自分の作業を短めに見積もりやすく、しかも忙しい日ほど短く答えることが多いように思います。もうひとつ、時間を測るには時間がかかります。ストップウォッチを押して記録する運用は、2週間ほどで誰も押さなくなってしまうのではないかと思います。効率化のための記録が、それ自体で人の時間を食うのは本末転倒です。

代わりに取るのは、結果として出てくる日数や回数です。すでに社内のどこかに記録が残っていて、数えるだけで出てくるものが向いています。たとえば、次の3つのような値になります。

  • 月末の締めが、何営業日で終わったか
  • 同じ取引先へ、確認の電話が月に何回かかったか
  • 差し戻しになった伝票や見積が、月に何件あったか

どれも、あとから数えられます。締めの日数は経理のカレンダーに残っています。電話の回数は、正確でなくても「先月は9回くらい」と担当者が指を折って数えられれば十分です。差し戻しは、メールの件名や再発行した書類の枚数から拾えます。精度は高くなくてかまいません。来月の同じ数え方と比べられれば、それで用は足ります。

書く場所は、紙1枚で足ります。列は3つだけ用意してください。見る値、今の値、取った日。この形なら、10分あれば終わります。

見る値今の値取った日
月末の締めが終わるまでの営業日数6営業日◯月◯日
A社へ確認の電話をかけた回数(先月)9回◯月◯日
差し戻しになった伝票の件数(先月)4件◯月◯日

表の数字は架空の記入例です。自社の紙には、自社で数えた値を入れてください。

ここで注意したいのは、値の書き方です。「業務効率を改善する」と書いてしまうと、来月それが起きたかどうかを判定できません。判定できない値は、書いていないのと同じです。「締めを6営業日から4営業日にする」なら、来月の月末に答えが出ます。

判定に使う値は、1つあれば足ります。3つ取ってもいいですが、判定に使うのは1つだけと決めておいてください。複数の値を同時に見ると、片方が良くなって片方が悪くなったときに、判断が止まります。止まった判断は、たいてい「もう少し様子を見よう」に落ち着きます。

時間そのものを見たい場合の参考として、厚生労働省の毎月勤労統計調査があります。労働時間や出勤日数の統計が定期的に公表されているので、業界の水準を確認する用途には使えます。ただし、自社の締めが何営業日かは、そこには載っていません。自社の値は自社で数えるしかありません。

変えると決めた1件について、その業務の中身を誰が何をやっているかまで書き出すところは、別に書きました。1人分・紙1枚で終わる手順は業務の棚卸しのやり方|1人分・紙1枚で終わる手順を見てください。

やめる候補は「同じことを2回書いている場所」から探す

値を取ったら、次はその業務のどこを消すかです。ここで探すのは、新しく足すものではなく、やめられるものです。新しく足す話は、あとの節に回します。先に消せるものを見つけたほうが、かける時間が少なくて済むからです。何かを足して速くするより、やっていることを1つ減らすほうが、失敗したときに戻すのも簡単です。

探す手がかりは3つだけにしてください。全部を疑い始めると、その日のうちに終わりません。

  • 同じ数字を、2回以上入力している場所
  • 同じ質問が、月に何度も来ている場所
  • ファイル名に「最終」「修正2」が付いている場所

1つ目の二重入力について言うと、人が同じ数字を2回打つ場所は、単純に時間が倍かかるうえ、2回目で打ち間違えます。冒頭の請求書の金額違いも、元をたどると誰かがどこかで2回打っていることが多いと思います。

2つ目は、繰り返される質問です。同じ質問が来るのは、答えが1か所にまとまっていないからです。答える側の時間が毎回かかっているのに、その時間はどこにも記録されません。

3つ目のファイル名は、「最終」「最終2」「修正版」が並んでいるフォルダは、どれが正しいかを毎回誰かが確認しているという意味です。確認の時間は、開いて閉じるだけなので短く見えますが、回数が多いところに出ます。

部門で言うと、こんな形で出てきます。経理では、通帳や請求書を見ながら会計ソフトに打ち、同じ数字を管理表にも打っている。営業事務では、受注のメールをそのまま販売管理に転記し、さらに出荷の一覧にも書いている。問い合わせ対応では、同じ内容の質問に毎回ゼロから文章を書いて返している。どれも、悪い運用ではありません。少人数で回してきた結果として、こうなっているだけです。

「うちの規模で、こういうやり方は普通なのか」が気になる方もいると思います。総務省の通信利用動向調査で、従業員規模別のクラウドサービスの利用状況が公表されています。自社と近い規模の欄を見れば、周りがどのあたりにいるかの目安にはなります。ただ、周りが使っているかどうかは、やめる候補を選ぶ理由にはなりません。判断の材料は、自社の紙に書いた値のほうです。

探しているうちに候補が3つも4つも出てきて、どれを今期やるかで止まることがあります。その決め方は中小企業のDXの進め方|1件だけ着手し残りは今期やらないにまとめてあります。ここでは、1件はもう決まっているものとして先へ進みます。

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変える前に、戻し方を決めておく

やり方を変える前に戻し方を決める、というのがこの記事でいちばん伝えたいところです。

先にはっきりさせておきたいことがあります。これは着手前の段取りの話ではありません。始めたあとで「効かなかった」と分かったときに、誰がどう終わらせるかという、撤退の決め方の話です。段取りは進めば消えていきますが、撤退の決め方は、決めていなければ最後まで存在しません。そして効かなかったときには、決める余裕がなくなっています。

決めておくのは、旧手順を並行で残す期間と、戻すと言える人と、戻すかどうかを判断する日です。この3つを、紙に書いてから始めます。

決めること書き方
旧手順を残す期間「◯月◯日まで、これまでの紙の伝票も並行で残す」
戻すと言える人「戻すと言えるのは、田中(役職ではなく名前)」
判断する日「◯月◯日に、見る値を数えて決める」

1つ目の並行期間から見ていきます。旧手順をいつまで残すかを決めずに始めると、新しいやり方と古いやり方が両方走り続けます。両方走っている間は、当然ながら仕事は増えます。それなのに、誰も古いほうを止めません。止めていいと言われていないからです。逆に、初日に古いほうを全部捨ててしまうと、詰まったときに戻れません。だから期間を先に書いて、その日が来たら紙を捨てる、という形にします。

期間の長さは、その業務が1周する回数で決めるのが分かりやすいと思います。月次の業務なら2周ぶん、つまり2か月。日次の業務なら2週間もあれば十分です。長く残せば安心というものではなく、長いほど古いほうへ戻る人が増えます。

2つ目は、戻すと言える人です。ここは役職ではなく、名前で書いてください。「担当部門の判断で」と書くと、判断する人がいなくなります。1人の名前が書いてあると、その人は判断していいことになります。逆に言えば、名前が書いていない状態では、現場の誰も「これ、戻しませんか」と言えません。言えば、決めた人の顔をつぶすことになるからです。

3つ目の判断する日は、決めたその場でカレンダーに入れてください。「しばらく様子を見る」は日付ではないので、いつまでも来ません。判断する日には、最初に取った値をもう一度数えます。数えて、良くなっていなければ戻し、良くなっていれば続けます。判断の材料を1つに絞ってあるのは、この日に迷わないためです。

この3つを始める前に全員へ伝えておくと、話の通り方が変わります。新しいやり方への反対の正体は、多くの場合「新しいやり方が嫌だ」ではなく「これで元に戻れなくなるのが怖い」です。戻す日と戻す条件が先に示されていれば、その怖さは小さくなります。私たちデジタル屋さんの見方では、現場の反対を減らす手段は、いまのところこれ以外に見当たりません。説得を重ねるより、戻していいと先に言うほうが早いと思います。

戻す条件も、同じ紙に1行だけ書き足してください。「判断する日に、締めの営業日数が今より減っていなければ戻す」で十分です。条件を先に書く効果はもうひとつあって、途中で条件のほうを動かせなくなります。効かなかったときに基準を緩めて続行するのが、いちばんお金と時間を使うやり方です。値が動かないのを見て「もう少し慣れれば変わるはずだ」と考え直したくなりますが、その考え直しを封じるために、条件は先に書きます。

難しいのは、2つ目だと思います。変えると決めた本人が、自分で「やめます」と言い出すのは、どの会社でも難しいものです。社長が決めた1件なら、社長自身が撤退を言うことになります。ここが決まらないまま始まってしまう会社は、たぶん多いと思います。社内でその1人を置けないときは、判断する日に第三者を入れる形にしてください。私たちの会社の課題診断では、値を書いた紙を一緒に見て、戻すか続けるかを言う役をこちらで引き受けることもできます。

もうひとつ、戻したくても戻せない場合があります。新しいやり方を作った担当者しか設定を触れず、その人が休んでいる、というときです。これは戻し方の問題ではなく、1人に集中していることの問題です。直し方は属人化の直し方|全部やらず止まる順に2〜3個にまとめてあります。

かけた時間の元が取れるのは何か月後か

戻し方が決まったら、あとはやるだけです。ただ、着手の前にもう1つだけ計算しておくと、判断する日が楽になります。かけた時間の元が何か月で取れるか、という計算です。

使う式は1つだけで、回収月数=(移行と学習に使う時間)÷(月あたりに減る時間)。金額ではなく、時間で割ってください。月額の料金は数千円に見えても、社内で本当に足りていないのは時間のほうだからです。料金で計算すると、ほとんどの案が「安いからやる価値がある」に見えてしまいます。

分子に入れるものは3つあります。設定する時間、いま持っているデータを移し替える時間、担当者が迷わず触れるようになるまでの時間。3つ目を忘れる会社が多いと思います。導入した週は、いつもの仕事が普通に遅くなります。

項目時間(架空の記入例)
設定する時間6時間
いまのデータを移し替える時間10時間
迷わず触れるようになるまでの時間8時間
合計(分子)24時間
月あたりに減る時間(分母)4時間
回収月数6か月

この表の数字は、すべて架空の記入例です。自社の値を入れて計算し直してください。

判断のための基準を1つ置きます。回収が半年を超えるなら、今回は見送っていいと思います。見送るというのは、永久にやらないという意味ではありません。分子が減る条件が整うまで待つ、という意味です。半年より先の話は、その間に取引先の要求や人の入れ替わりで前提が変わります。変わる前提の上で計算しても、答えは当たりません。

記入例の6か月は、ちょうど境目です。こういうときは、分母をもう一度見てください。月4時間しか減らないなら、そもそも変える範囲が小さすぎるか、減る時間を過小に見ているかのどちらかです。どちらなのかは、1つ目に取った値を見れば分かります。

ツールを1つ足すと、分子が増える

やり方を変えるとき、新しいサービスを1つ入れる形になることがあります。そのときに増えるのは、月額の料金だけではありません。さきほどの式の、分子のほうも一緒に増えます。

先に、いま契約中のサービスをひととおり数えてみてください。請求の明細を1年ぶん見れば出てきます。数えてみると、思っていたより多いはずです。そのうえで、ログインする場所が増えていないかを見ます。担当者が朝いちばんに開く画面が3つから4つになるだけで、その人の1日は少し長くなります。

IDとパスワードが1組増えることも、それ自体がコストです。誰が管理するのか、辞めた人のアカウントを誰が消すのか、という仕事が新しく生まれます。この仕事は目立たないので、誰の工数にも計上されません。計上されないまま、社内のどこかで発生し続けます。

だから、1つ入れるなら1つ止めるという形をおすすめしています。止められるものが見つからないなら、その導入はまだ早いのかもしれません。全社的な導入の広がりや進み具合を見たい場合は、IPAの「DX動向 企業等におけるDX推進状況調査分析」に調査結果がまとまっているので、そちらを参照してください。IPAは情報処理推進機構という名前の独立行政法人で、情報セキュリティやIT人材、企業のデジタル化について国の立場から調査と情報提供をしている組織です。

空いた時間を何に回すか、先に1つ決める

締めが2営業日短くなった、確認の電話が先月の半分になった。そこで話が終わってしまうと、数か月後には元に戻っています。空いた時間の行き先を決めていないからです。

行き先を決めていない時間は、必ず何かで埋まります。埋めるのはたいてい、元の業務です。丁寧に確認する回数が増え、作る資料が1枚増え、会議が15分伸びます。誰も悪いことをしていないのに、空いたはずの時間が消えます。

なので、埋め戻し先を1つだけ先に決めておきます。「見積の返信を、翌日から当日にする」くらいの具体さがちょうどいいと思います。「営業に力を入れる」では、翌月に何が変わったのか誰も言えません。行き先も、判定できる形で書いてください。

書く場所は、最初に値を書いた紙と同じでかまいません。列の下に1行足すだけで足ります。判断する日に、見る値と一緒にこの行も確認します。値は良くなったのに行き先が空欄のままなら、その時間はもう元の業務に吸われています。

まとめ|明日、誰に何を言うか

明日の朝にできる粒度まで落とすと、こうなります。

  1. 変えると決めた1件について、見る値を1つ選ぶ。作業時間ではなく、日数か回数にする
  2. 紙1枚に、見る値・今の値・取った日の3列を書く。ここまでで10分ほどしかかからない
  3. その業務の中で、同じ数字を2回入力している場所を1つ見つける
  4. 旧手順をいつまで並行で残すかを、日付で決めて全員に伝える
  5. 戻すと言える人を、役職ではなく名前で1人決める。決めたらその場で本人に伝える
  6. 戻すかどうかを判断する日をカレンダーに入れる。当日は、見る値をもう一度数える
  7. 今回はやらないと決めたことを、口に出して言う。「◯◯の件は今期は手を付けません」と言えば、それで決まりです

最後の1つが、いちばん効きます。やることを増やすより、やらないことを言うほうが、現場の時間は空きます。

戻す日をどう決めればいいか迷ったとき、あるいは戻すと言える人が社内で置けないときは、会社の課題診断から声をかけてください。値を書いた紙を一緒に見て、判断する日と、その日に何を数えるかを決めるところまで付き合います。

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