経理をずっと1人で回してきた人から、「来年で辞めようと思っています」と言われる。慌てて「引き継ぎの資料を作っておいてほしい」と頼んだら、「何を書けばいいですか」と聞き返された。そこで言葉に詰まってしまった、という会社は少なくないと思います。

先にやり方のところだけまとめておきます。業務の棚卸しは、全社まとめてやろうとすると終わりません。いま止まったら困る人を1人だけ選んで、その人の1週間分を紙1枚に取ります。どこまで細かく書くかは、引き継ぐ人が明日それを実行できるかどうかで決めます。

業務の棚卸しというのは、誰が・何を・どういう条件で回しているかを、引き継げる形で1か所に並べる作業のことです。言葉は少し硬いのですが、やること自体は紙に書き出すだけです。

20人の会社でも、全社でやると1,000行を超える

デジタル化を進める際に業務の棚卸しが十分にできている・ある程度できていると答えた企業の割合。従業員21人以上は約50%、20人以下は約30%
白書の表記は「約5割」「約3割」。人手が足りない小さい側ほど着手できていない

棚卸しのやり方を調べると、たいてい「まずは全社の業務を洗い出しましょう」と出てきます。ところが、そこで手が止まってしまう。やる気の問題ではなく、単純に書き出す量が多すぎるからだと思います。

ちなみに、パソコンやクラウドサービスまわりだけは、業務を洗い出さなくても現状をつかむ方法があります。支払いの明細をさかのぼる手順を情シスアウトソーシングで外注できる範囲と残る2つにまとめました。

1人が日常的に回している業務を書き出すと、細かいものまで入れて50行くらいになります。20人いれば1,000行です。集めたあとには、表記を揃えて、重複を消して、分類する作業が待っています。しかもその作業をやるのは、たいていはいま調べているご本人ではないでしょうか。専任の推進担当がいる会社のほうが珍しいと思います。

できていないのが普通だという数字もあります。中小企業庁の2023年版小規模企業白書によると、デジタル化を進める際に業務の棚卸しが「十分にできている」または「ある程度できている」と答えた企業は、従業員21人以上で約5割、従業員20人以下では約3割にとどまります(2023年版「小規模企業白書」第2節 中小企業のデジタル化推進に向けた取組)。人手が少ない会社ほど、着手できていないという結果です。

同じ調査では、棚卸しができている企業ほどデジタル化の効果を実感している割合が高いことも示されています。中小企業庁が2025年5月にまとめた資料でも、業務の棚卸しや評価指標の設定など、計画を立てて実行した企業ほど大きな改善効果を上げていると書かれています(中小企業庁「中小企業の生産性向上に向けて」令和7年5月)。

やる価値はありそうなのですが、全社1,000行から始める形だと、いつまでも着手できません。だから対象を1人分に絞ります。

なお、10年前に作った職務分掌表が引き出しに残っていることがありますが、あれは棚卸しとは別のものだと考えたほうがいいかもしれません。分掌表に書いてあるのは責任の所在で、こちらが必要としているのは手順と条件です。すでに無くなった部署の名前が載っていることもあります。使えるかどうかで迷っている時間がもったいないので、参照せずに新しく取ったほうが早いと思います。

1人目は「引き金」で選ぶ

誰から始めるかを重要度や忙しさで決めようとすると、たぶん決まりません。全員が重要で、全員が忙しいからです。代わりに、次の4つのどれかが当てはまる人を選びます。

  • 退職や引退の話が出ている(本人からでなく、噂や本人の年齢からの見込みでもかまいません)
  • 産休・育休・長期の療養が予定されている
  • その人しか触れないシステム・口座・鍵がある
  • その人が不在の日に、必ず本人の携帯に電話がかかる

4つとも「期限が外から来るもの」です。社内の優先順位で決めると、忙しい月が来たときに先送りできてしまうので、外から来る事情を引き金にします。複数当てはまる人がいたら、日付が先に来るほうを選びます。

逆に、この4つがどれも当てはまらないなら、いまは棚卸しをしなくていいのではないかと思います。引き金の無い状態で始めた棚卸しは、期限が無いぶん途中で止まりやすく、書きかけの表だけが残ります。次に引き金が引かれたとき、その古い表はもう使えず、また最初からやり直しになります。やらないと決めるのも、ひとつの判断だと思います。

すでに退職の申し出が出ている場合は、この手順の前に日程の計算が要ります。有給の消化で出社日が思ったより少なくなるためです。属人化した担当者の退職|引き継ぎ日数の数え方に、残り日数の出し方をまとめています。

紙1枚に書く列は5つでいい

何を書けばいいかが決まらないと、手が動きません。列は5つあれば足りると思います。

  1. やること ― 業務の名前。社内で呼んでいる言い方のままでかまいません
  2. いつ ― 毎日/毎週月曜/月初3営業日/20日/年1回など、発生するタイミング
  3. 使うもの ― システム名、ファイルの置き場所、そのIDを誰が持っているか
  4. 相手 ― 社内の誰、または取引先のどこの誰宛か
  5. 例外 ― 「A社だけ紙で郵送」「金額が10万円を超えたら部長の承認」など、標準どおりに進まない条件

所要時間の列は、この段階では入れません。時間を測るかどうかは、何のために棚卸しをするかで答えが変わってくるためです。

5列目の「例外」が、この表の価値のほとんどを持っています。引き継ぎで事故が起きるのは、標準の手順を知らなかったからではなく、たいていは例外を知らなかったからです。1〜4列目は書類やシステムを見ていれば分かりますが、例外だけは本人の頭の中にしかありません。

どこまで細かく割るかは、1つの問いで決まる

粒度を揃えた表と、例外がある行だけを割った表の比較。後者は細かい行と粗い行が混在している
全部を同じ細かさにしない。割る根拠は例外・条件分岐・相手の事情の3つだけ

「請求書発行」の一行で済ませるのか、「A社は月末締めで紙を郵送、宛名は部長」まで割るのか。よく言われるのは「大項目・中項目・小項目に分けて粒度を揃えましょう」というやり方ですが、揃えなくていいと思っています。

迷ったときに見るのは、この問いだけで足りると思います。引き継ぐ人が、この行を読んで明日それを実行できるか。

できるなら一行のままにします。できないなら、できない理由の分だけ割ります。割る理由になるのは、5列目に書いた例外・条件分岐・特定の相手の事情の3つだけです。

結果として、表の中には粗い行と細かい行が混ざります。それでかまいません。粒度を揃える作業は、揃えること自体が目的になりやすいわりに、引き継ぎの精度はほとんど上がらないように思います。読む人が見ているのは表の見た目ではなく、明日動けるかどうかだけです。

書こうとして、どうしても行に落ちない仕事が出てくることがあります。判断が入る仕事、相手を見て決めている仕事です。それは書き方の問題ではなく仕事の性質の問題なので、マニュアル化できない仕事はどう残す?3つの型のほうに切り分け方を書いています。

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困っていることは分かっているのに、順番が決まらない。その状態で見積もりを取ると、比べる基準がないまま金額だけが並びます。話を聞いて、先にやることと今期はやらないことを分けるところまでやります。

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1週間分を見ても、出てこない仕事がある

1人の1週間を取るやり方には、構造的な穴が1つあります。その週にたまたま発生しなかった仕事は、書き出されません。

月次の締め、決算、年末調整、各種の年次更新、保険や許認可の切り替え。頻度が低い仕事ほど、担当者以外は存在すら知りません。そして引き継ぎでいちばん困るのは、たいていこちら側の仕事です。

埋め方は単純で、1週間分を書き終えたあとに、こう聞きます。「この1週間には出てこなかったけれど、月に1回・年に1回やっていることは何ですか」。あわせて、本人の過去1年のカレンダーとメールの送信履歴をさかのぼると、記憶からこぼれた分が出てきます。

年1回の仕事は、手順を細かく書いても翌年には状況が変わっていることが多いです。ここで書いておきたいのは手順よりも、いつ・何をきっかけに始まるかのほうです。「毎年11月に税理士から書類が届いたら開始」のように引き金だけ押さえておけば、当日の手順はそのとき調べても間に合います。

時間は、測るのか聞くのか

時間を測るべきかどうかを調べていくと、正反対のことが書かれていて迷います。「実際に計測する必要はありません、体感で聞けば十分です」というものと、「感覚と実測には大きな差があるので1〜2週間は記録を取りましょう」というもの。どちらも理屈は通っていると思います。

分かれ目は、その数字で何を決めるかではないでしょうか。

目的が引き継ぎなら、聞くだけで足ります。むしろ時間より「いつ発生するか」のほうが効きます。引き継ぐ人が知りたいのは「これは30分かかる仕事だ」ではなく、「これは20日に必ず発生する仕事だ」のほうだからです。ここで実測を挟むと、記録のために1〜2週間を使ってしまい、その間に引き継ぎの期日が近づいてきます。

目的がお金の動く判断なら、実測が要ります。人を増やすか、外注に出すか、その業務にいくらまで払えるか、値付けをどうするか。ここで体感の数字を使うと、判断そのものが狂います。体感の所要時間は実際より短めに出ることが多く、しかも慣れている本人ほど短く言う傾向があります。

年に数回しか発生しない仕事は、測れる回数がそもそもないので、どちらの目的でも時間を測る意味があまりありません。時間の欄は空けたままにして、発生する条件だけ書き添えておけば十分だと思います。

聞き取りの手を止めたくない場合は、本人に口頭で説明してもらい、それを文字起こしして後から表の形に整えるやり方もあります。話すほうが速いですし、書くことへの心理的な抵抗も小さくなります。形を整えるのは後回しでかまいません。

本人に何と言って頼むか、社長にどう説明するか

手順よりも、ここで止まってしまうことのほうが多いかもしれません。「あなたの仕事を全部書き出してください」と言った瞬間に、相手は身構えます。仕事を取られるのではないか、評価されているのではないか、と受け取られてしまうためです。

頼むときに決めておきたいことが2つあります。

1つめ。この表を人事評価に使わない、と先に言葉にして伝えます。言わなければ、相手は当然その可能性を考えます。そして考えた相手は、書く量を無意識に加減します。評価に使わないと先に言うのは相手のためでもありますが、それ以上に、出てくる表の精度を保つために必要だと思っています。

2つめ。頼む側が自分の分を先に書いて、先に見せます。これは順番の話です。管理部門の責任者が自分の業務を最初に紙にして渡せば、査定ではないことは説明しなくても伝わります。自分の仕事が誰にでもできるものに見えてしまうのではないか、という抵抗感は、頼む側にも同じだけあるはずです。それを先に引き受けた人だけが、他人に同じことを頼めるのだと思います。

社長に説明するときは、言葉を1つ入れ替えます。効率化や人員削減の話にしないことです。「じゃあ人を減らせるな」と返ってきた瞬間に、現場の協力は消えてしまいます。使うのは、減らす話ではなく、採れない話のほうです。

中小企業の従業員数過不足DIは2024年10-12月期に▲22.9%ptと、バブル期に次ぐ水準で人手不足感が強まっています。2024年には人手不足を要因とする倒産の件数が過去最多を記録しました(中小企業庁「中小企業の生産性向上に向けて」令和7年5月)。抜けた1人の穴を採用で埋める前提は、すでに成り立ちにくくなっています。

説明の骨子は「1人辞めても止まらない状態を作りたい。採用で埋める前提が持たないから」で足ります。5分もあれば話せる内容だと思います。

書いた紙は「やめる・渡す・残す」に仕分ける

書き出した各行の仕分け。やめる・渡す・残すの3分類と、それぞれを誰が決めるか
分類より、誰が決めるかを先に埋めるほうが効く

棚卸しがうまくいかない場所は、書き出しの途中ではありません。表が完成したあと、誰も何も決めないところです。3年前に作った業務改善のファイルが手つかずで残っているとしたら、詰まったのはたぶんそこだと思います。

なので、書き終わってから考えるのではなく、書き始める前に3つを決めておきます。

  • 決める人 ― やめる判断を下せるのは誰か。1人の名前で決めておく
  • 決める場 ― どの会議で出すか。無ければ30分の枠を1つ作る
  • 決める日 ― 書き出しの完了日ではなく、仕分けを終える日

その場で、各行を3つのどれかに入れていきます。

やめる。誰のためにやっているか説明できない行、報告先が「前任者」になっている行、出した先で使われた形跡のない資料。
渡す。手順が書けていて、明日から別の人が実行できる行。
残す。本人がこのまま続ける行です。ここに入れる数を無理に減らそうとしないほうがいいと思います。全部を渡そうとすると、また止まってしまいます。

どの行から手をつけるかで迷う場合は、属人化の直し方|全部やらず止まる順に2〜3個のほうに、直す対象を絞る考え方を書いています。

渡す欄に入れた行のうち、顧客の連絡先や取引履歴を扱うものは、渡す前に置き場所のほうを決める必要があります。個人のパソコンにあるファイルをそのまま引き継ぐと、渡した相手の手元にも同じものが増えていくためです。名簿を1つにまとめるときに何が要るかは、顧客管理のエクセル|作り方と5つの安全管理措置にまとめました。

やめると決めたものを実際に変えていく段では、変える前に値を取っておくと、あとで効いたかどうかを言えるようになります。取る値の決め方と、効かなかったときの戻し方は業務効率化のやり方|効かなかったときに戻す決め方にまとめてあります。

「やめる」は社内だけでは決まらない

やめる欄に入れた行の一部は、社内の判断だけでは消せないことがあります。

中小企業で長く残っている業務には、「前任者から引き継いだので理由は分からない」「取引先が求めている気がする」という類のものが混ざります。月次で送っている報告書、指定の書式に転記している一覧、先方の担当者が代わってからも続いている紙の郵送。この種の行は、社内で「不要」と決めても、実際にやめたあとで先方から連絡が来ることがあります。

やることは1つで、先方に確認します。聞く相手は、その資料を受け取っている担当者ではなく、それを使って何かを判断している人です。受け取っているだけの人は、「いつも来ているもの」としか認識していない場合があります。

聞き方は、やめる相談ではなく形式の相談にします。「この帳票、御社では何にお使いでしょうか。形式を変えたいので確認させてください」であれば、角が立ちにくいと思います。使っていなければそこで分かりますし、使っているなら、どの項目が要るのかが分かって行を軽くできます。

なお、契約書や取引基本契約で提出が定められている書類は、この確認の対象外です。個別の可否は契約の内容によるので、必要に応じて専門家に確認してください。

どれくらいで終わるか

期間は会社ごとに違うので、自分で見積もれる式にしておきます。

対象人数 × 聞き取り1回(60分程度)× 2回(1回目で1週間分、2回目で月次・年次の抜けを拾う)+ 仕分けを決める場 1回(30分)

1人だけを対象にするなら、実作業は2時間半です。実際に時間がかかるのは日程調整のほうなので、そこさえ読めれば全体も読めると思います。

この式で出た時間を確保できないなら、対象人数のほうを減らします。期間を延ばすやり方だと、たいてい終わりません。

そもそも棚卸しを今やるべきかどうか、他にもっと期日の近いものがないかを先に見たい場合は、中小企業のDXの進め方|1件だけ着手し残りは今期やらないで、期日順に並べて1件を選ぶところから整理しています。

1人目を誰にするか、書いた行を「やめる・渡す・残す」のどれに入れるか。この2つは、社内だけだとなかなか決まらないことがあります。私たち合同会社デジタル屋さんは、この判断の場に立ち会って、一緒に決めるところまでやっています。規模と対象人数で進め方が変わるため、費用は要相談です。お問い合わせからご連絡ください。自社がいまどの状態にあるかを先に整理したい場合は、会社の課題診断から始められます。

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