取引先から契約書がPDFで届く。署名用のリンクが貼ってあるだけで、印刷して押印して郵送してください、とは書いていない。担当者から「うちも同じやり方にしていいんでしょうか」と聞かれて、その場では答えられませんでした。調べると「電子化できない契約がある」と書いた記事はいくつも出てくるのですが、挙がっている契約の名前がサイトごとに違っていて、どれを信じればいいのか分かりません。そこで、法律の条文そのものを開いて確かめました。会社が結ぶ契約書のうち、いまも紙や公正証書でなければならないものは、思っているより少ないと思います。
「電子化」には2つある。混ぜると話が進まない
「契約書の電子化」という言葉には、まったく別の作業が2つ入っています。どちらの話をしているのかを先に分けておかないと、検索しても自社に当てはまる答えにたどり着けません。
1つめは、これから結ぶ契約を、最初から電子で結ぶことです。紙に印刷して押印する代わりに、データのまま署名して締結します。
2つめは、すでに紙で結んだ契約書をスキャンして、紙のほうを捨てることです。こちらは電子帳簿保存法のスキャナ保存という別の制度で、要件も判断も違います。キャビネットに積まれた過去分をどうするかは、スキャナ保存後に原本破棄していい?要件と例外のほうに条件がまとまっています。
ここから先は、最初から電子で結ぶ場合に絞って書きます。
条文で確かめると、書面や公正証書が要る契約は4つだった

解説記事に「電子化できない契約」として名前が挙がるものを一通り拾い、ひとつずつ条文を開いて確かめました。契約書そのものの作り方が法律で縛られていたのは、次の4つでした。
1. 事業用定期借地権を設定する契約(借地借家法23条3項)。条文は「前二項に規定する借地権の設定を目的とする契約は、公正証書によつてしなければならない」と書いています。公正証書は、公証人という国から任命された人が作る文書なので、当事者どうしだけでは作れません。
2. 任意後見契約(任意後見契約に関する法律3条)。「法務省令で定める様式の公正証書によつてしなければならない」。判断能力が落ちたときに備えて後見人をあらかじめ決めておく契約なので、会社の取引で出てくることはほとんどないと思います。
3. 企業担保権の設定・変更を目的とする契約(企業担保法3条)。こちらも「公正証書によつてしなければならない」。会社の財産をまとめて担保に入れる仕組みで、使える会社が限られます。
4. 農地・採草放牧地の賃貸借契約(農地法21条)。「当事者は、書面によりその存続期間、借賃等の額及び支払条件その他その契約並びにこれに付随する契約の内容を明らかにしなければならない」。ここだけは公正証書ではなく、書面と書かれています。
これで全部だと言い切るつもりはありません。業種ごとの特別な法律まで見ればまだあるはずですし、契約書の締結とは別に「書面を交付して説明する」義務が課されている場面もあります。ただ、ふつうの会社が日常的に結ぶ契約書 — 業務委託、売買、賃貸借、秘密保持、雇用 — は、この4つのどれにも当たりません。
「電子化できない」と紹介されている契約が、条文では電子でもよくなっている
ここが、調べていて一番混乱したところでした。解説記事の中には次の2つを「電子化できない契約」として挙げているものがあるのですが、条文を開くと、そうはなっていませんでした。
定期借地権の特約(借地借家法22条)。1項は「公正証書による等書面によってしなければならない」で終わっているので、ここだけ読むと書面が要るように見えます。ただ、2項に続きがあって、「前項前段の特約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その特約は、書面によってされたものとみなして、前項後段の規定を適用する」と書かれています。電磁的記録、つまりデータで結んでも書面とみなされる、ということです。
定期建物賃貸借の契約(借地借家法38条)も、これと同じ形になっています。1項は「公正証書による等書面によって契約をするときに限り」と書いていますが、2項に「その契約が電磁的記録によってされたときは、その契約は、書面によってされたものとみなして、同項の規定を適用する」とあります。
つまり、23条の事業用定期借地権(公正証書が必要)と、22条・38条(データでよい)は、名前が似ているだけで扱いが正反対です。解説記事の食い違いは、この3つを一括りにしているかどうかで生まれているように見えました。
ただし38条には注意が1つあります。定期建物賃貸借では、契約とは別に「更新がなく期間の満了で終わる」ことを事前に説明する書面を交付する義務があり(3項)、これを電磁的方法で提供するには相手方の承諾が要ります(4項)。契約本体は承諾なしでデータにできても、この説明のほうは相手の承諾が前提になります。自社の契約が22条・38条に当たるかどうかの判断は、専門家に確認してください。
30分・無料・オンライン
期限に間に合うかだけ、先に確かめる
制度は要件も締切も年ごとに変わります。自社が対象に入るのか、いまから動いて間に合うのか。判断に必要なのはたいていこの2つで、そこだけ確かめるための時間として使ってもらって構いません。
オンライン(Google Meet)。売り込みはしません。
「電子署名がついている」だけでは、まだ足りない

電子化してよいと分かったとして、次に出てくるのは「あとで揉めたときに証拠になるのか」という不安だと思います。相手がなりすましていたらどうなるのか、あとから中身を書き換えられていたらどう示すのか、というところです。
ここを決めているのが電子署名法という法律で、3条にこう書いてあります。
電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。
大事なのは、かっこの中に「本人だけが行うことができることとなるもの」という条件がついているところです。誰でも押せる状態の電子署名では、この推定は働きません。
いま多くの電子契約サービスが使っているのは、利用者本人の鍵ではなく、サービス会社の鍵で署名する方式です。この方式で3条の推定が及ぶ条件、誰の名義で残るのか、条文がいま何と書いてあるのかは、電子署名法とは|3条が決めているのは有効性ではないにまとめてあります。
そしてもう1つ、3条が定めているのは「推定する」であって「保証する」ではありません。裁判になったときに、こちらが一から立証しなくてよくなるという意味で、相手が反証すれば覆ります。電子署名をつけたから安全、という読み方はしないほうがいいと思います。
取引先が「紙でないと困る」と言ったとき
法律上は電子で結べても、契約には相手がいます。相手が紙を求めれば、紙で結ぶことになります。
つまずきやすいのは、社内で「電子契約に一本化する」と決めてしまう決め方です。応じない取引先が1社でも残れば、その分だけ紙の契約書が残り、電子のほうに慣れた頃には、紙をどこにしまったかが分からなくなります。決めておきたいのは一本化ではなく、紙と電子が混ざる前提で、どちらの原本がどこにあるかを1か所で分かるようにしておくことのほうだと思います。契約書の一覧に「紙/電子」の列を1つ足すだけでも、更新期限を追うときに効きます。
切り出し方としては、全社一斉ではなく、相手の数が少ない契約類型から始めるほうが進みやすいと思います。取引基本契約のように相手が多いものを最初に選ぶと、電子でよいかを1社ずつ説明して回るだけで何か月もかかることがあります。
逆に、こちらから相手にお願いする側になったときに何を伝えれば通りやすいかは、電子契約のやり方|サービスを選ぶ前に決めることのほうにまとめました。相手側には費用も契約も要らない、という点が効きます。
印紙が要らなくなる根拠は、印紙税法2条にある
電子契約のコスト面で必ず出てくるのが収入印紙の話です。根拠を示さずに「印紙代が浮きます」とだけ書いてあるものが多いのですが、国税庁が質疑応答事例として公開しています。
注文請書を電子メールで送った場合について、こう答えています。「印紙税の課税対象となるのは、課税物件表の文書欄に掲げられている文書であり、電磁的記録は文書に含まれません。したがって、注文請書の電磁的記録に印紙税は課税されません」(関係法令通達は印紙税法2条)。
原文は国税庁の質疑応答事例で読めます。社内で説明するときは、この1ページを画面に出すのが早いと思います。ただし国税庁自身が「照会者の個々の取引に適用する場合には、異なる課税関係が生ずることがある」と注記しているので、金額の大きい契約は税理士に確認してください。
なお、紙で結んでから電子化した場合の印紙の扱いは、これとは別の話になります。そちらはスキャナ保存後に原本破棄していい?要件と例外のほうで整理しています。印紙が消えない場面の一覧と、自社で年間いくら浮くのかの出し方は電子契約の印紙税|不要になる理由と、課税される場面にあります。
結んだあとの保存は、また別の話
もうひとつ、契約書の形式とは別に決まりがかかる相手がいます。従業員を雇っていない個人事業主やひとり法人に仕事を出す場合は、契約書を交わすかどうかとは無関係に、発注のたびに取引条件を明示することが求められます。手段はメールでもチャットでもよく、契約書の締結までは義務になっていません。そちらはフリーランス法の対応|LINEで発注する側がやることに分けました。
電子で契約を結ぶと、その契約書は「電子取引」のデータになります。ここから先は電子帳簿保存法の話になり、日付・金額・取引先で探せる状態にしておくなどの要件がかかります。ただし会社の規模によっては、この検索要件が免除されます。
締結の話と保存の話を一度に決めようとすると、決めることが多くなりすぎて、結局どちらも決まらないまま残ってしまいます。先に「どの契約を電子にするか」を決めて、保存のほうは電子帳簿保存法の検索要件|不要な会社と必要な3項目で自社に要件がかかるかどうかを確かめる、の順で進めるほうが早いと思います。
まず確認するのは、社内にある契約の種類
ここまでを1つにまとめると、順番はこうなります。
社内で結んでいる契約書を種類で並べる。そのうち事業用定期借地権・任意後見・企業担保・農地の賃貸借に当たるものがあるかを見る。無ければ、法律の側から電子化を止めるものは見当たりません。あとは相手の同意と、サービスの選び方と、結んだあとの保存の3つを順に決めるだけになります。
私たちデジタル屋さんは電子契約サービスを売っていないので、どのサービスがよいという話はしません。代わりに、「自社はどこまでやる必要があるのか」を一緒に決める側にいます。何から手をつけるか迷っている段階でしたら、会社の課題診断が3分ほどで終わりますので、自社の状態を先に見てみてください。
この記事で使った一次情報
お気軽にご相談ください
企画段階のご相談でもOKです。1〜2営業日以内にご返信します。
送信ありがとうございました!
お問い合わせありがとうございます。確認メールをお送りしましたのでご確認ください。