朝9時40分、経理担当の方が社長席にやって来ます。「メールで届いた請求書を印刷してファイルしているんですが、税理士さんから『印刷したものは証拠になりません』と言われまして」。そう聞かれて、その場で答えられる経営者はそう多くないと思います。印刷したこと自体を禁じる規定は、実のところありません。問題になるのは別のところにあって、そこを取り違えたまま「うちも電子化しないと」と走り出すと、費用も手間も見当違いの方向へ消えていきます。
紙をやめることは、義務ではありません
請求書まわりの話は、いつも3つが混ざったまま語られます。国税庁は電子帳簿等保存制度を3つの区分で説明していて、区分ごとに義務かどうかが違います。まずここを分けると、自社が何をしなければいけないのかがはっきりします。
| やること | 扱い |
|---|---|
| ① メールやWebでやり取りした請求書データを、データのまま残す | 義務(法人・個人事業者とも対応が必要) |
| ② 紙で受け取った請求書をスキャンして保存する | 希望者のみ(やらなくてよい) |
| ③ 自社が紙で発行している請求書を電子に切り替える | 義務ではない |
経理担当の方が気にしている「印刷したらダメなのか」は、①の話です。ここで問われているのは印刷したかどうかではなく、元のデータが残っているかどうかです。メールに添付されて届いたPDFを印刷して、紙のファイルに綴じること自体は禁じられていません。ただし、そのPDFをメールごと削除してしまうと、残すべきものが手元から消えます。紙のファイルを作りたいなら作ってかまいません。データを消さずに残しておくこと、それが①でいう義務の中身です。
①のデータをどういう状態で保存すればよいのかという要件は、電子帳簿保存法の検索要件|不要な会社と必要な3項目で整理しています。
②のスキャナ保存は、紙で受け取った請求書をスキャンしてデータで保存し、紙のほうを処分できるようにする仕組みです。希望する会社だけが選ぶもので、やらないという判断に何の問題もありません。原本を捨てられるかどうかが気になる場合は、スキャナ保存後に原本破棄していい?要件と例外をご覧ください。
そして③、つまり自社が紙で刷って郵送している請求書をデータに変えることは、義務ですらありません。やるかやらないかは、法律の話ではなく経営判断です。判断材料の一つとして、郵便料金は2024年10月1日に改定され、定形郵便物は25gまで84円から110円へ、通常はがきは63円から85円になりました。
メール添付のPDFで送っていいのか
③を進めようとすると、最初に出てくる疑問がこれです。結論から言うと、請求書をPDFにしてメールに添付して送ることを禁じる規定はありません。紙に印刷して押印して郵送する、という形式が法律で決められているわけではないからです。
ただし実務では、その一つ手前に確認しておきたいことがあります。取引先の承諾です。法律が一律に「相手の承諾を得なければ電子で送ってはいけない」と定めているわけではありません。一方で、請求書は相手の経理担当者の処理に直結する書類です。ある月から突然メール添付に変わると、相手側の受け取りや支払いの手続きが止まることがあります。事前に一言伝えておくほうが揉めない、というのが私たちの見方です。文面は「◯月請求分より、請求書をPDFにしてメールでお送りします。郵送が必要な場合はお知らせください」程度で足りると思います。
そしてここからが、電子化を決める前にいちばん見落とされるところです。請求書を電子で送ると、送った側にも保存の義務がかかります。国税庁の資料は、電子取引データを「受領又は交付」した場合に、その電子取引データの電子保存が義務づけられていると説明しています。受け取った側だけの話ではありません。
紙で請求書を出していたときは、控えをもう1枚印刷してファイルに綴じていたはずです。それがデータで送った瞬間に、データで残す話に変わります。この違いは、いちばん困る場面で表に出ます。6月に出した請求書が未入金で、控えを確認したいのに、そのPDFは経理担当者のパソコンのデスクトップにしかない。本人は明日休み。こうなると、電子化で効率が上がったかどうかを議論している場合ではなくなります。
だから電子化で最初に決めるのは、送り方ではなく置き場所です。共有フォルダを1つ作り、送った請求書のPDFは必ずそこに置く、と決めるところから始めます。新しいソフトの操作を覚える必要はありません。経理担当の方に求めるのも「どこに置くか」という一点だけになります。Excelが使える方なら、フォルダにファイルを保存する操作はすでにできています。

なお、請求書ではなく契約書を電子に切り替えられるかどうかは、書面が求められる契約があるため別の整理が必要です。契約書の電子化|電子化できない契約の一覧と根拠で、電子にできない契約を一覧にしています。
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期限に間に合うかだけ、先に確かめる
制度は要件も締切も年ごとに変わります。自社が対象に入るのか、いまから動いて間に合うのか。判断に必要なのはたいていこの2つで、そこだけ確かめるための時間として使ってもらって構いません。
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取引先から「当社指定のシステムで出してください」と言われたら
14時20分、大口の取引先からメールが届きます。「9月請求分より、当社指定のシステムでのご提出をお願いします」。添付のマニュアルは22ページ。3ページで閉じたまま、その日は終わります。断ったら取引がどうなるかは、だいたい想像がついています。
ここは事実を整理してみます。取引先が指定するシステムを使うことを、法律が義務づけているわけではありません。電子帳簿保存法は、どのシステムで請求書を発行しなさいとは定めていないからです。一方で、取引条件の一部として提出方法を示されることは実際にあります。つまりこれは法律の問題ではなく、取引の問題として判断することになります。
ここで多くの会社が心配するのは、取引先ごとに送り方がバラバラになって現場が回らなくなることです。取引先Aは指定システム、取引先Bはメール添付、取引先Cは今までどおり郵送。たしかに現場の手間は増えます。ただ、二重運用が本当に破綻するのは、送り方が分かれたときではなく、保存先が分かれたときです。送付経路がいくつあっても、発行した請求書の落とし先が1つのフォルダに揃っていれば、あとから探すときに困りません。逆に、システムの中に入ったままのものと、メールの送信済みフォルダにあるものと、紙のファイルに綴じたものに散らばると、未入金の1件を追いかけるだけで半日が消えます。
22ページのマニュアルは、全部読まなくてかまいません。最初に確認するのは次の3点です。
- アカウントを誰が持つか — 経理担当者1人だけにすると、その方が休んだ日に発行が止まります。少なくとも2人分作れるかを確認します。
- 発行した請求書をPDFでダウンロードできるか — できない場合、控えがそのシステムの中だけに残ります。取引が終わってシステムを使わなくなったときに、手元に何も残りません。
- ダウンロードしたPDFを自社の保存先に置けるか — ここが繋がれば、取引先ごとに経路が違っても、保存の運用は1本のままで済みます。
この3点は、取引先の担当者に電話で聞けば数分で分かります。マニュアルを読み込むより早いと思います。
送り方について、もう一点あります。パスワード付きZIPを添付して、直後に同じメールアドレスへパスワードを送る方法です。内閣府では、平井大臣(当時)が令和2年11月27日の記者会見で、パスワードを別送する自動暗号化ZIPの使用を取りやめる方針を示しています。同じ経路でパスワードを送っても、その経路が見られていれば守りにはなりません。受け取る側の手間も増えます。請求書の送付方法をこれから決め直すのであれば、この形は選ばないほうがよいと思います。
では、いつシステムを入れるのか
ここまでは、お金をかけずにできる話でした。では、請求書のシステムを検討する場面はいつ来るのか。判断材料になるのは、国税庁が示している2つの優遇措置です。名前が似ていて混同されやすく、取り違えると意味が変わるので、分けて説明します。
優良な電子帳簿
一定の要件を満たした帳簿を「優良な電子帳簿」として保存していると、その帳簿に関して申告漏れがあった場合の過少申告加算税が、原則10%から5%に軽減されます。対象は仕訳帳や総勘定元帳などの帳簿です。その課税期間の初日から備付けと保存を行っている必要があるため、期の途中で思い立って始めることはできません。
デジタルシームレス保存
請求書などの電子取引データを自動で保存し、帳簿へ自動で連携する仕組みです。国税庁長官が定める基準に適合するシステムを使うことが条件で、対象となるのは、デジタル庁が管理する仕様に従って送受信されたデジタルインボイス(Peppol)か、預貯金口座における決済データです。あわせて、改ざん防止の確保、記帳の適正性の確保、電子帳簿との相互関連性の確保という要件を満たす必要があります。これらを満たすと、電子取引データに関連する仮装・隠蔽行為についての重加算税10%加重の適用対象から除外されます。適用は、令和9年1月1日以後に法定申告期限が到来する国税からです。なお、デジタルシームレス保存は、前提として電子取引データ保存の要件を満たしていることが必要になります。
個人事業者の場合は、青色申告特別控除も変わります
個人事業者の所得税には、もう一つ措置があります。優良な電子帳簿またはデジタルシームレス保存のいずれかの要件を満たしたうえで電子申告する場合、青色申告特別控除が65万円から75万円に引き上げられます。令和9年分以後の所得税について適用されるものです。これは個人事業者の所得税の措置であり、法人には関係しません。役員の方がご自身の確定申告と会社の話を混ぜて考えると、判断がずれてしまいます。

優遇を受けるには、先に届出が必要です
優良な電子帳簿やデジタルシームレス保存の優遇を受けるには、あらかじめ届出書を提出しておく必要があります。提出期限は、適用を受ける年分(事業年度)の法定申告期限までです。たとえば個人事業者が令和8年分から優遇を受けたい場合は、令和9年3月15日までに提出することになります。様式は国税庁のサイトで公開されています。
要件を満たすソフトかどうかは、公益社団法人日本文書情報マネジメント協会(JIIMA)の認証で見分けられます。文書や情報の管理について調査研究や標準化を行っている団体で、「デジタルシームレスソフト」「電子帳簿ソフト」といった区分で認証を出しています。認証の有無を確認すれば、要件を満たしているかどうかを自社で一から検証する必要はなくなります。
そのうえで、いま急いでシステムを入れるべきかというと、私たちはそうは思いません。効き始めるのは令和9年で、まだ時間があります。それに、先に効くのは保存先を1つに決めることのほうだと考えています。ただし、何かのきっかけでシステムを検討する場面が来たときには、デジタルインボイス(Peppol)に対応しているかどうかを一度確認してみてください。対応していないものを選ぶと、あとから優遇を受けたくなったときに選択肢が狭まります。
自社の場合に何から手をつけるべきか整理したい方は、会社の課題診断をご利用ください。請求書まわりに限らず、どこで止まっているのかを一緒に切り分けます。
ここまでは、請求書をどう保存するかの話です。受け取った請求書の相手がインボイスの登録をしていない場合、消費税で控除できる割合のほうが2026年10月1日から下がります。保存の要件とは別の話なので、インボイス経過措置はいつまで|7割・5割・3割の期間と準備に分けて書きました。
顧問税理士に聞く3つの質問
ここまでを踏まえると、顧問税理士に確認すべきことは3つに絞れます。制度名を正しく使って聞くと、前提の説明から始めなくて済むので話が早く進みます。そのまま転記して使える文にしています。
- 「当社が取引先へ電子で送っている請求書について、控えの保存は現状の運用で足りていますか」 — 送る側にも保存義務がかかることを前提にした聞き方です。「電子帳簿保存法について教えてください」と切り出すより、確認したい範囲が一度で伝わります。
- 「当社が請求書を電子で送ることについて、税務上あらためて必要な手続きはありますか」 — 手続きが不要なら「不要です」で終わります。1分で片づく質問なので、聞かないまま不安を抱えているのがいちばんもったいない使い方になります。
- 「デジタルシームレス保存や優良な電子帳簿の届出を出す価値が当社にありますか。申告のスケジュールに照らしてどうでしょうか」 — 届出には期限があり、優良な電子帳簿は課税期間の初日から要件を満たす必要があります。時期の問題として聞くと、いつ判断すればよいかまで返ってきます。
3つとも、専門知識がなくても投げられる質問です。それでいて、返ってくる答えは自社の運用にそのまま効きます。
まとめ|明日の朝、経理担当に言う一言
やることを、期限で3つに分けます。
| いつ | やること |
|---|---|
| 今月 | 発行した請求書のPDFを置く共有フォルダを1つ決める。受け取った請求書のデータを消していないかを確認する |
| 今期中でよい | 顧問税理士に3つの質問をする。取引先指定システムの3点(アカウント・PDFのダウンロード・自社の保存先への配置)を確認する |
| やらなくてよい | 紙で受け取った請求書をスキャンして原本を捨てる仕組みを整えること。急いで請求書システムを導入すること |
ひとつだけ、これとは別に走っている保存の話があります。外注先へ仕事を出す側として、発注の内容と支払いの記録を2年間残す義務が令和8年1月1日から始まっています。根拠になる法律も期間も電子帳簿保存法とは別のもので、対象になる会社の条件も決まっています。詳しくは取適法とは|下請法から変わった点と2年の記録に分けて書きました。
そのうえで、明日の朝いちに経理担当の方へ言う一言は、これで足ります。
「うちは今のところ、今のやり方で問題ない。ただ、こちらから送った請求書のPDFだけは、この共有フォルダに必ず置くようにしよう。変えるのはそれだけ」
最後に、私たちデジタル屋さんとしての見方を書きます。従業員10人から50人くらいの会社で先に効いてくるのは、検索できるかどうかよりも、情報が担当者1人の中に閉じている状態を解けるかどうかだと思います。請求書の控えが1台のパソコンにしかない、支払いの予定を把握しているのが1人しかいない。この状態は、法律に触れているわけではありません。それでも、その人が休んだ日に会社の動きが止まります。電子化という言葉で語られているものの中身は、この規模だと結局そこにあるのではないかと考えています。関連する期日の整理は、一人経理のリスク|先に押さえる3つの期日にまとめています。
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